自己観察:難病のお兄さんは、平野さんですよ!と言われてビックリしました!

    
鏡として観る
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自己観察:難病のお兄さんは、平野さんですよ!と言われてビックリしました!

こんにちは、
天命・天職が見えてくる

 

自己観察の専門家

平野香緒里です。

 

 

2008年から何年も
自己観察を続けてきて

 

出来事を心の鏡として観る

 

ということも自然にできるように
なりましたし、本当にそうだな!

とひとつも例外がなかった

ということにも驚いています。

 

 

今ではやっとそれが腑に落ちて

理解できていますが、

 

2008年の私はそうでは

ありませんでした。^^;

 

 

2008年の10月18日に

初めて、自己観察のセミナーに
参加した時のことです。

 

それまでのなんとなく知識にあった

 

「自分の周りの人はすべて鏡である」

 

 

そういう「鏡」のお話も頭では
理解できていました。

 

 

そして、

 

 

セミナーの後半の質疑応答の時、

私は、当時難病で寝たきりになっていた
兄のことで質問をしました。

 

 

「難病の兄が何年たっても
まだ病気をずっと受け入れられず、
両親のせいにしているので、

私はイライラすることもあるのです。

 

どうしたら、兄が病気を
受け入れられるようになりますか?」

 

 

 

そのとき、講師の方は、
あっさりとこう答えてくれました。

 

 

 

「そのイライラする難病のお兄さんも、
平野さんなんですよ。」

 

 

 

「えっ!!?」

 

 

そう言われたあの時の衝撃・・(笑)

 

 

鏡として観るということ。

 

私はわかっていたようで
ぜんぜんわかっていなかったのです!

 

 

 

そのセミナーの中でも、しっかりと
鏡についてのお話はありました。

 

 

鏡のことは、わかっていたつもりが、

 

病気を受け入れられない兄が私?

 

 

急に自分のことに当てはめようとしても
当てはまりません^^;

 

 

兄が私の鏡とは、到底受け入れられず、
大混乱で終わったセミナーだったのです。

 

 

 

そのお陰様で
そのことをもっと明らかにしたいと思い
プログラムの受講を決断をしたことで
今があります。^^

 

 

話は戻りまして、

 

 

病気を受け入れられない兄が私??

なんで兄が鏡なんだろう?

 

 

当時、私は離婚をして3才の娘と
2人新たな生活を始めていました。

 

周囲の私の友達からみたら、
私は離婚はしたけれど、
前向きに力強くがんばっている人

と映っていたようです。

 

 

確かに、私はがんばっていました。
でもヘンな前向きさで頑張っていました。

 

 

元夫のことや離婚したことは
早く忘れて、前向きに生きていくんだ!!

というものでした。

 

 

離婚したのは、元夫のせい。
元夫が悪い。

 

 

でももう離婚はなかったことにして
前を向いてがんばろう!!

 

といった感じで生きていました。

 

離婚したことだって、
私は大丈夫。

 

 

 

そのセミナーに参加したときも
すっかり前向き気分で

自分の人生に悩みがあるとは
思っていませんでした。

 

 

 

だからこそ、自分のことではなく、
兄のことを心配した質問をしていたのです。

 

 

その時は、気づけなかったのですが、
後から、自己観察をして、

私こそ、離婚したことを

 

受け入れていなかった

 

ということに

気づくことができました。

 

 

受け入れていないということは、
離婚した現実を自分が創ったのだとは
到底思えていなかったということです。

 

 

完全に元夫のせいに
していましたから^^;

 

 

それなのに病気を受け入れられない兄に
イライラしていました。

 

 

現実を受け入れられていないのは、

私でした。

 

 

兄は離婚を受け入れられない私を
映し出してくれていた「鏡」でした。

 

 

 

本当は自分が現実を受け入れていない
自分に「イライラ」していたのだと
わかりました。

 

 

なるほど・・・

そのことがわかってから、
元夫に対しての「怒り」の感情を
入り口として自己観察をして

すべて私が、その結婚も離婚した
現実も自分が創っていたことが
わかりました。

 

 

今では、元夫とは
自分たちの子供(娘)を
共に大切に育てている
同志と思える関係となりました。

 

 

 

そうなれた時に

 

これまで体験したことを

「肯定」することができました。

 

 

肯定できたということは、
ネガティブな感情が浄化できたということです。