完璧でなければいけないという価値感
価値観についてお伝えします。
私は、その昔、
偉そうなこといってても、
結局は言っていることとやってることはちがうでしょう。
正義をふりかざしていたことがありました。
1つの間違えを、私は認めることができず
「これが正しいこと」と信念を掲げたならば、
100%その通りに生きなければいけない
という価値観があったのです。
代表で仕事をしている人たちに対して
そう思っていたのでした。
でも、ある時
テレビにも以前はよく出られていましたが、
温厚そうな霊能者として有名な方が
言っていたのをききました。
いつも、その人はとても素晴らしいことを
言っています。本でも素晴らしい書いています。
良い人生の生き方を説いています。
でも、取材の時に
その方も普段は感情的になることもあるし、
怒りでこんちくしょ~!!
と思うこともあるということでした。
そして、
よく立派なことを本でも書かれているので
やっぱりできた方なんでしょうね。
と言ってきた方がいて、
私はできてないです。
間違いもおかすし、感情的になるし
いたってフツウの人間です。
でも私が出来た事だけを本にする必要はないでしょう。
正しいことは、私も一人の人間なんだから
そう生きるべきだと思ってそうなるように
努めているだけです。
と答えていました。
心から思えたのです。
正しいことや真理を伝えている人は
すべて完璧でなければいけない。
そんな、私だって自己観察の専門家として
真理を伝えているのに、
全然完璧じゃないし、
真理と違ったことをしたことによって、
自分の中の真理とちがう意識があることに
気づかせてもらい
それを、1つ1つ体験しながら、
魂の進化成長する喜びを実感することができるのだから、
完璧でなければいけない
なんて、必要ないですよね。
と思いますし、
自分と同じだということ
完璧でなければいけない
全然自分の「鏡」として観ることが
できていない証拠だなと
思いました。
人に対して「完璧でなければならない」
という「不安」でいつも自信をもって行動ができない
という受講生の例もありました。
でもその都度、自分にとってのその場合の
「完璧」とはどういうことだろう?
本当に本当に100%完璧でなければならないのか?
といったことを、考えてみることを
お薦めします。
自己観察をする時には、
ラッキー!!なのです。
ということは、望まない体験をすることにも
価値があるということなのですね。
ネガティブな感情がでて、
それを入り口に
自己観察をしていきます。
自己観察をして、全肯定できた時に
感謝感動が心の奥深くから湧き出てきます。
そんな体験ができることが
本当に私は人が気づきをえて成長できる
素晴らしい機会だなと思います。
完璧でなければいけない
という価値感でもし
苦しんでいる方がいらしたら、
平野香緒里